卒業

 

 誰もいない閲覧室の窓辺で

三年間を思い返すかのように

書架にもたれて本を読む あなた

 蔵書印のインクの匂いと

思い出が語りかける閲覧室に

時は静かに刻まれていく

 やがて灯りが消されて

窓ガラスに映された微笑みを残し

扉は閉じられた

 窓越しの月明かりに浮かぶ

書棚に忘れられた 眼鏡

辛さを超えてきたあなたの

  明日は卒業式

 

 

 

放課後

 

いつものように、廊下の窓辺から

あなたはフルートを奏でる

深まりゆく秋の空へ

その音色はドアをすり抜けて

書架の間をハミングしていく

不揃いの背表紙に語りかけるように

長い日差しはベランダの手すりを越え

橙色の木漏れ日模様がゆらめいて

書架の間に重なり合う小さな陽だまり

時計の針はのんびりと時を刻んでいる

閲覧室の午後3時過ぎ

あきあかね

 

君たちの残したざわめきの余韻に

書架の溜息がここかしこ

積まれた本に、カウンターも不機嫌そう

ふと配架の手を止めて、

窓の外には秋茜

屋上の手すりの向こうに、雲が白い列をなし

東京のノッポのビルが、墨色の棒グラフ

教室のすりガラスに浮かぶ影法師

うなずき合うふたつみつ

体育館の時折聞こえる歓声は

グランド超えて街角に消えていく

真夏の閲覧室

開け放たれた窓を吹き抜ける風に

木々のこずえは涼しげな緑色の音色を手渡し

蝉の鳴き声が閲覧室をすり抜けていく

入道雲の山並みに窓は占められ

真夏の陽光は体育館の屋根にきらめき

校庭の生徒らの声が耳をくすぐる

頁を繰る音だけの閲覧室に

時は静かにに積み重ねられ

本を抱えた書架は夏を耐えている

夏休み

 

真っ白な夏雲が窓枠いっぱいを占め

生徒たちの語り合う声が消えた閲覧室

校庭からの、とぎれとぎれの歓声と

テニスボールを打つ音が忍び込む

甍を吹き抜けてきた南からの風

放たれた窓から体育館の屋根へ吹き抜け

夕日がベランダのコンクリートから跳ね返り

校舎の壁に映し出す木漏れ日模様

列を乱した机が黙りこくっている教室に

所在無げに鳴り響く終業のチャイム

まるい午後

 

ざわめきの去った閲覧室

ソファーでうたた寝をしている、

  忘れられたペンケース

ガラス越しの空は

校舎の壁に幾何学模様に切り取られ

その前を綿雲がのろのろと通り過ぎていく

 放課後の校舎は声をひそめ

だんだんと澱んでいく時が

切れ切れに積み重なって

ふぅっと心が浮かび上がりそうになり

      グラビアのインクの囁きだけが部屋に満ちていく

放課後の閲覧室


あなたひとりの閲覧室に

やわらかな夕日が射し込んで

窓がらすに楡の梢の影模様

やがて窓枠を乗り越え 

 

あなたの肩にまで届いた

でも、本が読み終わらない

夕闇がゆっくりと舞い降り

生徒らの声も途絶え

校庭も静けさに包まれた

それでも

本は読み終わらない