春の日

  

  春の日だった

あなたに出会ったのは 

あの時 いつものように

一つ手前の路地をたどっていれば

もうひとつの世界を生きていた

  あなたと出会ってからのことは 

たくさん語れるのだけれど

私は世界の半分しか視ていない  

   偶然を重ねて生きている この不思議さを

つづる方法はあるのだろうか

ふりかえれば

何故そうしたのか わかりはしない

けれど そうしたかった

しなければならなかった 

目的とか 希望とか

飾り立てる修辞がないと

みすぼらしい人生と 思ってしまう

おろかさを贈られてしまった

心をすませば 

生きることに理由などないのに

尾瀬は冬の

燧裏林道の木道には霜が被い、窪地には氷が張っている。

木道の上に冬支度の熊が落とし物、田代の山際を大きな角を揺らしながら雄鹿が疾走している。

尾瀬は冬の入り口

  

麓の林道を逍遥すれば、秋の装いをした木々が錦を飾り、森閑としたひと時に包まれる。

溶けていく図書館

 印字された線分は

紙のページから解き放たれた

ウエブにあふれた信号は書籍の形を変え

携える方法を変え

なによりも手触り感を変えた 

それは

図書館を溶かしていくに十分なインパクトだ

  そう 図書館は表情を変えた 

さりげなく訪れる

あなたにこそ相応しい

 ひと時のために訪れるあなたに

さて 今というとき

信じると云うことにしか

標がない世界に私たちは生きています 

気づいています

意味はどんなに緻密に組み立てても

たった一つのため息で宵闇に

吸い込まれてしまうことを

 それでも意味を積み重ねるしか

私を演じることはできないのです

  揺るぐことのない茫洋とした

あきらめの思いを培うのです

過ぎてしまえばすべて夢なのですから

想い

その小箱をのぞけば

あなたを見つめるあなたが居るだけ

あなたという例えようもない

不思議が

閉じ込められている

魔法の小箱

ぬくもりは記憶として たちまちに

言葉となって 押し込められ

浮遊する 肌ざわりは たしかめようもない

ひそやかなエピソードとして彩をうしなう

たわんでいる空間に羅列された物語は

いつの間にか魔法の小箱に印された

かすかな痕跡

まぼろし

気がつけば あなたと私は

輪郭だけが跋扈する舞台に立たされていた

交差する感覚の影として映されるこの世界

途方もない抽象と組み立てなのです

 描写できないあなたがいて

ぬくもりを伝えられない私がいる

理解がおよばないあなたと

表象不可能な私がいる

 伝えるすべもなく とわに届かない思いの羅列

分かり切った結論を 素知らぬ顔をして

演じて見せるだけ

その脚本のト書きにしか現れない

あなたと私の一部始終の物語

橅の森

すいすいと 空に溶けいる あき茜

白神の森は数回になるが この日は小雨模様のあいにくの日和。里はリンゴの赤い実がたわわに実り、山裾から錦は始まり山深くまで染め上げられている。渓谷の清流に映える紅葉の梢。山の上は初冬の趣、枯れ葉が舞っていたが、橅の黄葉は見ごろ。静かな森の中で誰にも気兼ねすることなく、一人の珈琲タイムを楽しんだ。

八甲田山系の山懐の静かな森に、しばしお邪魔して散策を楽しんだ。数時間の間、この秋の宴を誰にも邪魔されることなく秋の季節に包まれて瞑目。   

そのバスが、オレンジ色の車体を少し震わせて通り過ぎた後に、スケッチブックを抱えた少年が残された。

白いバス停よりも小さな体をかがめて靴ひもを結び直しながらも、顔は岬の方を向いていた。

海からの風に揺れた前髪に促されるように少年は、緩やかな坂道を俯き加減に上っていく。

はるかな沖合を黒い船体の貨物船が通り過ぎようとしているが、まるで止まっているようにしか見えない。

春の陽はきらきらと波を浮かび上がらせ、時の流れをあいまいにしている。

見上げれば、その白さが空に溶け込むように幾筋もの筋雲が広がっている。

時折飛び交う海鳥の羽音にも、くぐもるような鳴き声にも、惑わされることなく、少年はゆっくりと歩んでゆく。

ためらい勝ちでもなく、意志の現れたような毅然とした風でもなく、まるで季節に移ろう木々の色合いのように歩を進めていく。 

やや丸みを感じさせる水平線の穏やかな曲線に沿いながら時を数えていく歩み、そんな景色を作っている。

岬の木立の向こう側に、白い灯台の丸い屋根がのぞいている。

穏やかな日差しを少し反射する屋根の向こうには、白い雲がゆっくりと流れていく。

坂を上っていた少年が海に向かって何かつぶやくが、その声は聞き取れることはできず、風に乗って砂浜の波打ち際に沿って消えていく。

立ち止まった少年のうなじに、海原からの風が何かをささやいているかのように吹き抜けていく。

いつの間にか灯台を取り囲む松林の小道に差し掛かった少年の足元には黄色い方波見の花が踏みしだかれている。

大ぶりの枝の下を少年は歩を進め、灯台の下に差し掛かり空を見上げた時、梢を汽笛がすり抜けていく。

しばらく佇んでいた少年は意を決したかのように、真っ白な灯台の基を回り込み、そのまま歩みを進めて海を見渡せる広場へと向かう。

少年の背後には午後の日差しの陰が迫っている。枝越しの海は水平線を切り分けられ、まるで枝に乗っている水たまりのように見える。

春の日の佇まいに訪れる人もなく、あたりは静かさに占められている。

やがて、少年は岬の先端への踏み後をたどっていく。松林を抜けると明るい海原に占められた風景が広がっていた。

突然の風が少年のコートの裾を揺るがし、スケッチブックの閉じ紐をなびかせる。

桜の古木の根元に腰を下ろした少年は海と空の境界に浮かぶ白い雲をながめていた。 

海と空の広がりに向かって自分が翔びたつ、そんな光景を思い浮かべながら。

あの水平線の向こう、あの空の果てに行かなければならない自分がいる、なぜそうなのか少しもわからないのだけれど。

水平線の向こうにどんな世界があり、空の果てにどんな情景があるのかを想像しているわけでもない。

ただただ、少年はそうしなければならないと云う思いに包まれている。

膝を抱えた少年のまなざしの向こうには 一筋の雲が浮かび

遥かな水平線に向かって海鳥の群れが飛んでいく

海からの風がスケッチブックのページを繰って少年のほほをかすめて、方波見の花をゆらしている。