橅の森

白神の森は数回になるが この日は小雨模様のあいにくの日和。里はリンゴの赤い実がたわわに実り、山裾から錦は始まり山深くまで染め上げられている。渓谷の清流に映える紅葉の梢。山の上は初冬の趣、枯れ葉が舞っていたが、橅の黄葉は見ごろ。静かな森の中で誰にも気兼ねすることなく、一人の珈琲タイムを楽しんだ。

八甲田山系の山懐の静かな森に、しばしお邪魔して散策を楽しんだ。数時間の間、この秋の宴を誰にも邪魔されることなく秋の季節に包まれて瞑目。   

そのバスが、オレンジ色の車体を少し震わせて通り過ぎた後に、スケッチブックを抱えた少年が残された。

白いバス停よりも小さな体をかがめて靴ひもを結び直しながらも、顔は岬の方を向いていた。

海からの風に揺れた前髪に促されるように少年は、緩やかな坂道を俯き加減に上っていく。

はるかな沖合を黒い船体の貨物船が通り過ぎようとしているが、まるで止まっているようにしか見えない。

春の陽はきらきらと波を浮かび上がらせ、時の流れをあいまいにしている。

見上げれば、その白さが空に溶け込むように幾筋もの筋雲が広がっている。

時折飛び交う海鳥の羽音にも、くぐもるような鳴き声にも、惑わされることなく、少年はゆっくりと歩んでゆく。

ためらい勝ちでもなく、意志の現れたような毅然とした風でもなく、まるで季節に移ろう木々の色合いのように歩を進めていく。 

やや丸みを感じさせる水平線の穏やかな曲線に沿いながら時を数えていく歩み、そんな景色を作っている。

岬の木立の向こう側に、白い灯台の丸い屋根がのぞいている。

穏やかな日差しを少し反射する屋根の向こうには、白い雲がゆっくりと流れていく。

坂を上っていた少年が海に向かって何かつぶやくが、その声は聞き取れることはできず、風に乗って砂浜の波打ち際に沿って消えていく。

立ち止まった少年のうなじに、海原からの風が何かをささやいているかのように吹き抜けていく。

いつの間にか灯台を取り囲む松林の小道に差し掛かった少年の足元には黄色い方波見の花が踏みしだかれている。

大ぶりの枝の下を少年は歩を進め、灯台の下に差し掛かり空を見上げた時、梢を汽笛がすり抜けていく。

しばらく佇んでいた少年は意を決したかのように、真っ白な灯台の基を回り込み、そのまま歩みを進めて海を見渡せる広場へと向かう。

少年の背後には午後の日差しの陰が迫っている。枝越しの海は水平線を切り分けられ、まるで枝に乗っている水たまりのように見える。

春の日の佇まいに訪れる人もなく、あたりは静かさに占められている。

やがて、少年は岬の先端への踏み後をたどっていく。松林を抜けると明るい海原に占められた風景が広がっていた。

突然の風が少年のコートの裾を揺るがし、スケッチブックの閉じ紐をなびかせる。

桜の古木の根元に腰を下ろした少年は海と空の境界に浮かぶ白い雲をながめていた。 

海と空の広がりに向かって自分が翔びたつ、そんな光景を思い浮かべながら。

あの水平線の向こう、あの空の果てに行かなければならない自分がいる、なぜそうなのか少しもわからないのだけれど。

水平線の向こうにどんな世界があり、空の果てにどんな情景があるのかを想像しているわけでもない。

ただただ、少年はそうしなければならないと云う思いに包まれている。

膝を抱えた少年のまなざしの向こうには 一筋の雲が浮かび

遥かな水平線に向かって海鳥の群れが飛んでいく

海からの風がスケッチブックのページを繰って少年のほほをかすめて、方波見の花をゆらしている。

 天の織り成すこの時に

ゆらりゆらりと身をゆだね

風を読み

この湿り気を受け止める

  何を望み 何を想っていたかなんて

古い木製のテーブルに置き去りにしてきました

ギシギシと階段を上がった

あの喫茶店の二階に

 宙の模様を写し取れなくて

辻褄のあわない日々を

どう語ればよいのかも分からないこの夏

私は無為徒食の人となる

縄文の丘 

  この丘の栗の木の下

広がる森の向こうに

あなたは何を視ていたのですか

四千年前に

 命を継いでいくこと以外

たぶん何の所作も必要としない

この丘の日常

 この地で生まれ、ここに眠る

わずかな人々との世界に生きる

ほとんど定められた道筋

 何を想い 何を願い 日々を過ごしていたのですか

森の向こうの遠い海を視つめ

あなたは何を望んでいたのですか

この丘の栗の木の下で 

遺跡を見つめる私も同じ輪廻に生きている

時と云う魔法は生命の営みを

様々に変えてしまうけれど

夢物語を信じて右往左往を重ねた私には

「ただ 生きろ」と云う言葉だけが残された

それが人生というドラマの顛末だとしたら

私は悪戯好きの神様のマリオネット

  私は夕暮れの丘に佇んで

掴みどころのない 神の戯れと向き合っています

通学

誰が植えたのだろうか 

春を告げて咲きそろうその桜

ルビーのような小さな実をつけるのだが

 あらかた小鳥に啄まれてしまう

歩道に落とされた実は

蟻たちが群れて、巣に運んでいく

 やがて緑に包まれた枝には

虫たちが跋扈して

たくさんの穴をあけてしまう

  それでも夏の太陽を浴びて

歩道に伸びた枝は

涼しげな日陰をつくり

 木漏れ日の模様が風に揺れる

秋になれば、あでやかな紅葉もつかの間

道路わきに吹き寄せられて虫たちの隠れ家

   木枯らしが枝を鳴らす頃には

霜に包まれて冬の眠りにつく桜の木

 そして、また春が来て咲く桜を

この道を通った君は 覚えているだろうか

舞姫

あなたは 美しく、美しくなった

仄暗い心の回廊に灯をともすため

生きるということの輝きが欲しかった

 少女というときに

夢の輪郭はとてもおぼろげなのに

その表情は

艶やかな彩にあふれている

万華鏡をのぞいたときのように

 めくるめく時の流れのなかで

ふと足を止めて振り返ってみると

衣擦れと残り香の佇まいが

セピア色にたたまれている

 人の世は包みようのない

不思議な形をしていて

人の心は忽ちに移ろい

解けない暗号がちりばめられている

季節を重ねて紡いだ糸を

心を込めて織り上げても

思い通りの模様はうかばない

  斜めにかざした手のひらに

冬の日差しが微笑みかけています

かんざしの朱の色に隠されたまなざしは

気づいていましたね

今という幻に映された心は

幾重にも重なって透明になるしかないことを

目を閉じてしまえば、その華やぎは

 たちまちに色褪せてしまうことを

 小さくたたまれた羽衣に

ほのかなぬくもりを残して

緑の風にいざなわれ

 折り鶴は空の青さへと翔立つ

見晴るかす都の佇まいと

人々の所作に別れを告げ

華やぎの約束事から解き放たれ

 孤独という同伴者に誘われながらも

あなたは

あなたとして明日へ翔び立つ

白神の森

この街の日常とすれ違うだけの旅人という私

コロナ禍の忍び寄る町並みには緩慢な時が刻まれて

賑わいを失った駅前広場が佇んでいた

路往く人々の肩越しにゆるゆるとした深まりゆく秋の日差しが

長い影を落としていた

この街を離れ、白神の森へと続く道沿いには、たわわな赤いリンゴの枝が連なり

秋の彩りにつつまれて

湖水に映る山並みは錦に飾られ、空は蒼く高い

枯れ葉が、森へといざなう林道に敷きつめられ、谷川の清流にも舞う

黄や紅に化粧された梢の間には、作りかけのジグソーパズルの様に

青空がちりばめられていた

山頂へ登る踏み跡には木の根が重なり、倒木が行く手をさえぎる

汗をふき息を整えて振り返ると

遥かな山々が秋の陽をいっぱいにあびて錦秋の装い

歩みを進める側には、春や夏に咲きほこって花々の面影が

枯れ葉におおわれ眠りについていた

しかし、ブナの森は紅葉の季節の訪れに素知らぬ顔

いまだ夏の装い

淡い黄色に染められたブナの秋は、幻想的な趣で

様々な日常をそぎ落としてくれた

あのブナの森の秋は… 

(まだ少し先のようでした)

望月の宵に

 

表象と言葉のすきまは

心という宇宙

 その迷路の中で私は私でしかない

他者の中に在る私を受容することが

生きるということだから

表現というあやかしをとびこえて

軽やかに時を手繰り寄せる

 私という夢の世界に

月明かりの宵に折鶴は羽ばたく

約束事から解き放たれて

  ひらり、ひらりと

私という四辺形