白神の山路

夏の名残の枝先に

 秋はひそかにやってきた

兆しは風に乗り

梢から梢へと染めていく

 ぶなの森に風が鳴り

空が小さく揺れている

落ち葉が転げる山路を

踏みしめる今という時

  ふと振り返る、君の気配に

あるわけもないのに

君は今

 視ようとしないと何も見えなくて、

見えている世界は辻褄が合わなくて

戸惑いと理由のない苛立ち

けれども君は………。

語れない思いに心は揺れて

筋道の無い世界への困惑

求めるものは何時も間尺に合わなくて

けれども君は………。

誰かが語ったその言葉よそよそしくて

誰かが歌ったその思いちょっとずれていて

誰かの笑顔が悔しくてうらやましくて

けれども君も、  私も生きているこの世界に

この風に水無月の香りをのせて

ブナの木漏れ日が足元にゆらめき

静けさに包まれた山路に私の息づかいだけが繰り返される

いわかがみ、すみれや白根葵の花に息を整える

風に乗り散りばめられた朱や白い花びらに

ふと、目を上げると

うつぎやつつじの花が梢の先で揺れている

尾根の路には人影もなく鈴の音が冴える

残雪の谷から吹き上げる風に木々はざわめき

遥かな山々のうねりは緑の海原

さざ波のように

白神の森は今緑を深めている

つぶやき

「意味が必要なんだ」とつぶやいた

君のまなざしに

そっぽを向いたその書架は

願いも企みも透明にしてしまうのです

 今という境遇にまとわりつかれて

未来なんて都合の良いフレーズに逃げ込んでも

図書室の窓辺には溜息が積もっています

 窓の外、雨の路地裏では

愛も真理も水溜りになって

安堵と倦怠はフラワーポットの雫です

どうにもならないことだらけの朝

  前後三メートルの君の世界

世界

夢のような世界とあなたは言うけれど

夢ではない世界があるのでしょうか

遠い日の思い出は日記に綴られたインクのにじみ

心に留めたはずの大切な記憶も

やがて歳月の流れに溶けこんでしまう

私たちが視た瞬間だけ表情を創る世界

そんな世界に私たちは生きているのですから

思い出されることさえなく消えていった

所作や振る舞いに生きているのですから

まぼろし

  

気がつけば あなたと私は 

輪郭だけが跋扈する舞台に立たされていた

無数の感覚が交差する影として映されるこの世界

途方もない抽象と組み立てなのです

描くことのできないあなたがいて 

ぬくもりを伝えられない私がいる

理解がおよばないあなたと

表象不可能な私

伝えるすべもなく とわに届かない思いの羅列

分かり切った結論を素知らぬ顔をして演じて見せるだけ

その脚本のト書きにしか現れない

あなたと私の一部始終の物語

  

逍遥

 

   梢を渡る風に小雪が舞い

枯葉が敷き詰められた山路に

 小鳥の囀りさえ遠のく

冬の兆しにつつまれて

白神の森にひとり佇む