何処

 

閲覧室の窓硝子に頬寄せて

 中庭に落ちる雨音を数えながら

睫毛を濡らしていた君は

今、この月を眺めているのだろうか

あんな

 

窓際のソファーで、君が雑誌を捲りながら

つぶやいたその戸惑いは

その本を読んだからと言って

解けるとは思えない

 

  君たちの心の奥深く絡み合ったその糸は

 一生かかっても絡み合ったままかもしれない

人間の生きるということは

    表現仕様もないと伝えておくよ

 

 

 命という宇宙の一瞬の振る舞い

そのいつ果てるともしれない連鎖

そこに現れたあなたと私

  何もないのか全てがあるのか

誰にも応えられないこの世界

心地好い物語に身をゆだね

ありもしない世界を語れば

    虹色の薄い膜に包まれた

  風に運ばれるシャボン玉の中で

 仮そめの未来と不確かな今が

 艶やかな衣装を纏っておどっている

 そこにだけ私たちの世界が映されている

 

 

あめ

 梅雨空の下 薄墨色の校舎に 

 雨音だけが染み入って

風と語る窓枠の繰り言に

廊下のポスター達は素知らぬ顔

  あなたの去った司書室は

 時間が歩みを止めて

 作業机の上には、重くも

軽くもない仕事が重ねられている

 閲覧室の窓には東京のシルエットが飾られ

ノッポのビルが雨に溶けそうな夕暮れ近く

 垂れ込めた雨雲の重さに

 高圧線が顔をしかめている

 

初夏

 

  書架にもたれて見下ろす街並みは

公会堂に飾られた壁画のように

所在なげに佇んでいる

   赤い自転車が交差点を曲がり

のろのろとその中に溶け込んで

 閲覧室を吹き抜けた風が

 町並みに向かっておりていく

…。

残された丸

画面の片隅に丸が残された。

文章はすっかり移動され、丸だけが残された

跡形もなく文章は消えうせてひとつの丸だけが残された

ただじっとしている

とりのこされて途方に暮れたのか

それとも、あてどもない旅の始まりに

耳目を研ぎ澄ましているのか

さらさらと時は流れて

また 春が来て

 

風と遊ぶ花びらが

ひらりひらりと舞う季節(とき)に

君と僕は5年生

  丘の上の小さな小学校

古い木造校

落書き机が僕の席

窓際での枝がすぐ近く

風に揺れて花吹雪

落書きの線の上が

春になると思い出す

あの遠い日は

記憶から消えようとしている

君の面影とともに

 

きみの髪をつつむように春風はやってくる

かすかな季節の香りをのせて

風そよぎ 散りし桜が 舞いおりて 本読む君の 髪飾りかな

卒業

 

 誰もいない閲覧室の窓辺で

三年間を思い返すかのように

書架にもたれて本を読む あなた

 蔵書印のインクの匂いと

思い出が語りかける閲覧室に

時は静かに刻まれていく

 やがて灯りが消されて

窓ガラスに映された微笑みを残し

扉は閉じられた

 窓越しの月明かりに浮かぶ

書棚に忘れられた 眼鏡

辛さを超えてきたあなたの

  明日は卒業式

 

 

 

春はまだ…

 

君が帰った閲覧室には

 ストーブの鼓動が取り残されて

遠いビルのネオンだけが華やぐ

夕闇がまもなく訪れた

 灯りが消された廊下には

月明かりが斜めに差し込み

足音だけが階段を駆け下り

誰もいない教室に吸い込まれていく

  ノートに綴られて

やがて忘れられていく

今日という一日

池田晶子の書を読みて

 

池田晶子の書を読んで君は言う

 哲学の命題は人の生=人の死と書かれています。

生きると言うことの意味を考え続けるのが哲学だと…。

 

私が生まれた時備わったものは、私が望んだものでも

選んだものでもありません。

私を取り巻く環境も私が作ったものでもありません

そうしたものが、私という人間の属性を形成していくのでしょう。

そうです、その属性を生きなければならないのです。

  私はその運命を生きなければならないということです。

それは神様の悪戯に付き合うとしか言いようがないことなのです

生きるということはそういうことなのですか?。

 

 

夢の中では生きられない、

夢をみないと生きられない

 

過ぎ去った時は変えようもなく

未来なんて知る由もない

たった今を生きている

この温度と湿度の日々を

この風と日差しの中で

神の悪戯につき合わされ

間抜けな妄想携えて

道ずれのない旅を